Masukミレー中尉に至ってはヴィンス・サリバン公爵閣下の番がどうお得なのかを延々と語って来る始末。
結局、番の話は有耶無耶になったが、この日を境にノエルやミレーとも普通に会話出来るようになった。
庭の方から子供の笑い声が聞こえて、オルタナは不思議に思い二階の私室の窓から顔を出す。
広く美しい庭園のガゼボで、ミレーと少女が笑い合っている。
少女は下級貴族の様な質素な装いで、傍には見た事のない中年の髪のない下男らしき男が侍っているが、少女の髪は鴉の濡羽の様な美しい黒髪だ。
あんな黒髪を持つ少女が下級貴族なわけないし、国内でサリバン公爵と同じ様な黒髪を持つ少女の噂なんて聞いた事がない。
そこにサリバン公爵が姿を現した。
片膝をついて少女の手を取り、甲に口付ける様を見て、首を捻る。
「公爵が膝をつく相手なんて……」
そう一人呟いた途端、部屋のドアがノックされた。
「……はい」
「俺だ。団長が庭に来いと仰せだ」
ノエルが部屋の扉の前に立っていた。
相変わらず無骨で、大柄な分威圧感もある。
だが、この数日で彼はそう怖い男ではないとオルタナも分かって来た。
「……承知しました」
「お忍びのお客様がいらしている。粗相のないようにな」
「お忍び……ですか」
「何だ、お前。元気がないな。具合でも悪いのか?」
「え? いえ……大丈夫です」
食事以外、放って置かれているのは喜ばしい事だ。
でも、状況が分からない場所で何の関心も持たれないと言うのは、一日を長く感じる。
毎日誰かの気配を感じながら、一人で部屋にいると言うのに慣れない。
ずっと一人だったのに、どうしてこんなに落ち着かないのか。
「団長、オルタナを連れて来ました」
「あぁ、こちらへ。オルタナ、ご挨拶を」
オルタナは少女の前に進み出て、地面に両ひざを折り、顔を見ない程に首を垂れた。
「オルタナと申します」
公爵が膝を折る程の相手なら、こうするのが妥当だ。
「お顔を上げて。初めまして、オルタナ。私はラチアよ」
「ラッ……チア王妃……殿下」
「
「まぁ、ヴィンスったら。私のせいだと言うの? この悪戯を思いついたのは、貴方でしょ?」
「お忍びでこちらへ来るとお決めになったのは義姉上ですよ」
十二歳の少女に、いい歳の男が“義姉上”と言うこの異様な現状が、このドーン王国の最も尊い貴族達の姿だ。
十二歳と言ってももっと幼く見えるのは、きっと王妃殿下がΩだからだろう。
「オルタナ。私、貴方に会えるのを楽しみにしていました」
「え……わ、私にですか?」
「えぇ。貴方が王都に来るのを待ちきれなくて、来てしまいましたわ」
花のような笑顔とは、こう言う物だろうかと呆然と思う。
一国の王の隣に立つには心許ない程小さな体だが、その凛と伸びた背筋や一点の曇りもない微笑みは、幼さの中に芯の強さを垣間見せる。
王妃陛下の金蜜色の眸は、自分が今どこに立っていて、どんな役目を背負っているのかを知っているように見えた。
「あ、そうそう。こちらはウケイと言うの。口煩い私の侍従よ」
「姫様がもっと王妃然として下されば、この口も大人しくなるのですが」
「ほら、こうやって煩い事ばかり言うのよ」
気さくな王妃様で何よりだが、オルタナは自分がそこにいて、貴族の優雅なティータイムに呼ばれた事に、まだ状況が把握出来ていない。
婆ちゃん。状況を把握するのってこんなに難しいものなんだね……。
今まで相手にして来たのは下らない噂話で盛り上がる主婦とか、軍人を食い物にしている商魂逞しい娼婦達、職場の愚痴を吐くおっさんとか、悪態つく子供。
貴族なんて、モリガン兵の一部にしか遭遇した事はないし、一番接触した貴族と言えばモリガン大佐くらいだ。
「オルタナ? どうしたの? ウケイは髪がないけど怖くはないわ」
「あ、いえ……ちょっと緊張して」
「じゃあ、貴方の得意分野でお話しましょうか」
「得意分野……?」
「こう見えて私、薬学博士号持ってますの」
王妃が生まれ育ったサンノ国は薬学研究の最先端だと言うのは、オルタナも知っている。
いつか行ってみたい国、最有力候補だ。まぁ、夢のまた夢だけど。
だが、十二歳の少女が薬学博士なんて信じがたい。
未だ薬学の世界は未知な事が多く、それ故ドーン王国では薬師育成が鈍化している。
薬学に精通し、教えられる者が少なく、尚且つ未開拓な分野が多いからだ。「私は王の運命の番だとか言われてますけど、私がこの国に嫁いで来たのは、それだけじゃないのよ」
「何用ですか? 兄上。ウケイ殿までいらっしゃるとは……」「私はオルティを呼んだのであって、お前を呼んだわけじゃない」「オーリィ一人で登城させる訳がないでしょう」 そう言った公爵は王陛下の前へと腰を下ろし、オルタナはその隣にちょこんと腰かけた。 王妃は空いた王陛下の左側の席へと戻り、飲みかけのグラスを手に取る。「二人共、何か飲むかい?」「いいえ、兄上。それより早く、お話を……」「急かすねぇ……そんなに邪魔されたのが気にくわないのか? ヴィー」「喜んで登城したとでも?」 公爵は相変わらず笑顔のまま王陛下に対しても遠慮がない。「分かった分かった。せっかくの二人の時間を邪魔した事は詫びよう。だが、明日皆を招集する前に、一つオルタナに許諾して貰わねばならん事がある」「許諾……?」 そう問い返したオルタナに、王陛下はグラスを置いてこちらを見た。「モリガン伯爵が逝去された事は聞いたか? オルタナ」「あ、はい……」「モリガン家は爵位を剥奪し、旧モリガン区はサリバン公爵領とする予定だ」「え……サリバン公爵領ですか?」「あぁ、旧モリガン区はラカンとの国境もあり難しい土地だ。サリバン公爵に統治して貰い、今後の国交に尽力して貰うつもりだ」「そう、ですか……」 そうだとして、自分に何を許諾させようと言うのか。 全く話が見えてこないオルタナは、王陛下の話を聞きながら、首を捻る。「ははっ、何だかよく分からないと言う顔だな、オルティよ」「はい……」「あの地がサリバン公爵領になるこの機に、名を改めようと思っているのだ」「はぁ……モリガン伯爵の名前を使わないと言う事でしょうか?」「まぁ、それもあるが……あの土地は古の時代には夜の国と呼ばれていたそうだ。知っていたか? エヴレカの
「くっ……絞るなと言っているのに……」「だって、こうしてるだけで、きもちぃ……」「そうだな。こうして何度も肌を重ねていれば、すぐに発情するさ」「うん。だいすきだよ、ヴィー様」「あぁ、俺も愛してるよ。暫くこのまま繋がっていようか」 公爵の楔を中に入れられたままただ抱きしめられて、微睡む様にジッと互いの熱を胎の中で溶かしている様な感覚だった。 覆い被さっている公爵は、愛し気に額や蟀谷にキスをし、瞼や頬を食み、まるで親が子を毛繕いするように愛撫する。 泥濘の中で激しく脈を打つ楔は、段々と時を追う毎に熱を増して、胎の中に染みわたって行った。 そうしている内にどこまでが自分で、どこからが公爵なのか分からない程に、その熱が混ざり合って溶けて行く。 あぁ、生きてて良かった――――。 そう教えてくれるのはいつだって最愛の人だ。 そうして寝食を忘れて互いを貪り合い、オブライアンの心配を余所に翌日の夕暮れまで部屋を出ることなく過ごした。「そろそろ邪魔が入りそうな予感がするな」 飽きもせずオルタナの細い体に巻き付く様にして離れようとしない公爵がそう言った。 予感は的中し、窓の外には銀の鈴をつけた鴉が器用に窓を嘴でノックする。 オルタナは情事で気怠い体をゴロリと翻して窓の外を見た。 「もしかして王陛下の?」と公爵に問うと、公爵は嫌そうに「はぁ……」と溜息で返事をする。 王陛下の専属鴉は凛々しい面立ちで、首に付けられた飾りに小さな手紙を携えていた。 公爵は憚る事なく寝台から起き出して、全裸のまま窓辺へと寄り不機嫌そうに前髪を掻き上げ、その手紙を開く。「お前に話があると書いてあるぞ、オーリィ」「え? 僕……?」「宛先が俺ではなく、オーリィになっている」「な、なんだろ……」
「声を抑えるな、聞かせろ」「ん……だって、はずかしっ……」「俺以外誰も聞いちゃいない」「そう、だけど……あっ! やっ……ふかぃっ……」 ぐっと奥まで差し込まれて、腰が揺れる。 期待で待ちきれず濡れた後孔の奥からは、昼下がりの明るい公爵の部屋に咀嚼音に似たような淫蕩な水音が容赦なく響く。 あのいつもの花の様な匂いがしない代わりに、卑猥な蜜の匂いが強く感じられていつもより恥ずかしい気がした。 ただ指でかき混ぜられるだけなのに、翻弄されて理性を忘れそうになる。 まだ明るい内からこんな淫蕩な情事に耽っている背徳感が、よりオルタナを羞恥に塗れさせ、声を上げる事すら憚られる気がした。「ぐずぐずだな」「だっ……て……」「お前も、こうしたかった?」「んっ……あぁっ……やぁっ……」 弱い所を擦り上げられて、オルタナは白い肢体を捩った。「ヴぃーさまっ、はやくっ……」「イって良いぞ」「ダメッ……いっしょ……に……」「一度で終わるつもりはないから、気にせずに達して見せろ」 そう言いながら、屹立したものには一切触れないのが、公爵流だ。 何度も肌を重ねる内に、中だけで達する事を覚えさせられてしまった。 熱を持った中の肉壁がうねる様でさえ、自分で分かる。 溶けてぐずぐずになったその肉壁の隙間を、公爵の長くて節のある指が抽挿を繰り返す度に、物足りない焦燥感が膨れ上がった。 オルタナの体はもっと太くて硬いもので擦り上げられ、もっと奥深くまで突き上げられる快感を知っている。 胸の蕾を吸い上げられ、空いた左手で弾かれるとより一層震えが背筋に沿って這い上がる。 オルタナは歯列の隙間から「イクッ」と絞り出し、戦慄くように背を撓らせ白い欲を吐き出した。「はぁっ……はぁっ……」
真顔で何を考えているのか分からない上、降ろす気はないらしい。 出迎えたオブライアンは一瞬キョトンとした顔をして見せたが、すぐに微笑ましい物でも見る様な柔らかい笑みを浮かべた。「お帰りなさいませ、旦那様。オルタナ様」「た、只今戻りました……」「オブライアン、明日の夜まで誰も取り次ぐな」「かしこまりました」 長い足でさっさと自室へと向かう公爵に、オルタナは「あのっ……」と話し掛けるが、聞いてはいないらしい。 部屋に入った途端、寝台へとゆっくり降ろされた。 公爵は床に両膝をついて下から見上げる様にして言う。「オーリィ、明日までしか時間がない」「……んん?」「今晩、兄上とウケイ殿が王都へ戻られる。明日一日休まれた後、今後の事でまた忙しくなる事だろう」「う、ん……?」 そう言った公爵に付けている首飾りを片手で外され、何を求められているのかようやく理解した。「ちょ、あのっ……汚い、から……ゆ、あみしないとっ……」「汚くない」 黙れ、とでも言うように唇を塞がれる。 ジャケットを脱がされ、あっという間にシャツのボタンに手を掛けられる。 ジタバタと逃げを打つが腰を抱く公爵の力が強過ぎて微動だに出来ない。「んっ……んぅっ……」 こじ開けられる様にして舌を捻じ込まれ、喉奥から耳孔に直接響く唾液の音がより羞恥を煽るようだった。 片手で支えられた項を指でなぞられ、背筋が撓る。 遠慮のない公爵の熱に、発情しているわけでもないのに頭の芯が熱を持つ。 外はまだ明るくて、薄らと瞼を開けば煽情的な公爵の眸と目が合い、恥ずかしさにまたギュッと瞼を閉じた。 剥ぎ取られたシャツの隙間から、大きな手が素肌を撫でるだけで粟立つ様な感覚が這い上がって来る。「んふっ……あ
「……クラノス?」「義姉上が信用に足るから使ってやれと言うもんでな」 そう言った公爵に、オルタナは「そっか」と笑い返した。「オルタナ様っ! 御無事で何よりですっ」「ごめんね、クラノス。あれから息子さんは?」 そう聞いたオルタナに、クラノスは深々と頭を下げる。「あれから、王妃様の使いの方が……あ、そちらの方が私の家に来て下さいました」「え? スーランが……?」「はい。息子を連れてこちらへ来るようにと言って頂きまして……」 王妃の使いとしてクラノスの家を訪ねたのは、スーランだったらしい。 王妃はクラノスの息子を祖母と一緒に診て、薬を調合し渡したのだと言う。 クラノスはそのお礼に、拠点に滞在中の買い出しや王妃の手伝いなどを買って出てくれていたそうだ。「王妃様のお陰で、息子も会話が出来る程に回復しております。妻の分まで薬を下さって、本当にどうお礼を申し上げたらよいか……」「ホントに? そっか、良かった……」「オルタナ様のお陰です。本当にありがとうございます!」「いや、僕何もしてない……」「いいえ、あそこでオルタナ様が王妃様に取りなして下さらなかったら、私も息子もどうなっていた事か……」「でも、それはクラノスがそう選んだからだよ。クラノスのお陰で僕達も助かったから、王妃様も助けたいと思ってくれたんだ」「オルタナ様が負傷されたと聞いて、毎日心配で……こうしてまたお顔を拝見できて、嬉しく思います」 そう言ったクラノスの眸は涙が溢れそうになっていて、オルタナはクラノスの肩をゆっくりと摩った。「いっぱい心配してくれたんだね、ありがとう」「サリバン公爵様にも、このような機会を与えて下さり心から感謝致します」「お前のした事は許されない事だが、義姉上が不問にすると言うならそれに従うまでだ。次はないと心に刻め」
「あぁ。成長が追い付けば発情するだろうと、ドーラ殿が言っていた。ウケイ殿がくれた切り札も、この森の真珠に関する情報だったんだ」「じゃ……じゃあ、ヴィー様の赤ちゃん……産めるの?」 オルタナは公爵の胸にしがみつく様にして、公爵の顔を見上げて問う。 ジワジワと目頭に熱が籠って唇は震えていた。 どうしても、出来ない事なのだと思っていた。 王族に最も近い貴族の番になりながら、子供が産めないと言う現実はどう足掻いても捨てられない。 本物の番になるには、発情状態の時にαに項を噛んで貰わなければ成立しない。 その上、妊娠も出来ないのだ。 そんな出来損ないΩの自分が、公爵をいつか苦しめる事になるのではないか。 その漠然とした不安が拭えることは無かった。 公爵は愛おし気にこちらを見て「あぁ」と短く答える。「僕……本物の番になれるって事?」「今でも俺の番はお前だけだがな。発情したら、その細くて美しい項を噛ませてくれ」「……うんっ」「いつか俺の子を、産んでくれるか? オーリィ」「うんっ……ヴィー様の赤ちゃん、産みたい」 匂いを感じられることは無くても、その腕の中はいつも通り暖かい。 オルタナは公爵の胸に顔を摺り寄せ、零れて来る喜悦を噛み締めた。「でもまだ暫くは俺だけのオーリィでいてくれ」「んふふ、産みたくてもまだ産めないよ」「オーリィ……」 そう言った公爵がふっと体を離す。 何も言わずにこっちを見ている公爵に、オルタナは小首を傾げた。 重なり合った視線で、沈黙を言葉にして語り合う。 オルタナはただ黙って瞼を閉じて、柔らかい唇が届くのを待った。 ゆっくりと確かめ合う様な優しい口付けを、乾いた唇で味わう。「今日はこれ以上は無理だな」「そ、そだね……婆ちゃんたちもい
口に入れた瞬間から、何が入っているのかを考えて、危ないと判断したら吐き出す。 でもそれが遅れれば、体に支障が出る。 どんな薬草で、どういう症状が出るのか。 どの程度なら問題なく食べられる物なのか、常に考えていなければならない。 勿論死ぬほどの量は含まれていないが、祖母はスパルタだったから、吐こうが下そうが、白目をむいて倒れようが容赦なかった。 そうして具合を悪くする度、祖母が作ってくれるのはミルクベリーのスープだった事を思い出す。 母乳に近いと言われる栄養価の高いベリ
そう聞かれて、オルタナはただ全力で左右に首を振って答えた。「こっちを向いて。オル……オーリィ」「へっ?」「怖くない、と言っていただろう?」「ちょ、まっ……」「ぶはっ! ははははははっ……流され過ぎだぞ、オーリィ」 公爵は、我慢ならないと言った風に腰を折って笑う。 解かれた手首には、まだ公爵の熱が残っている。 何が起こっているのか未だに整理が付かないオルタナの脳内は、混乱し熱を持って呆然とするしかなかった。
アウルム地方にあるサリバン公爵家の別荘へ来て一週間が過ぎようとしていた。 気候の良いアウルムではもう、雪の残る所はなく、芽吹いた若い緑が眩しい程だ。 オルタナの為に用意された特別な部屋とは、薬草に関する書籍や古文書が所狭しと並ぶ一室だった。 拘束も解かれその部屋を私室として与えられ、普通に暮らしていた。 そう、普通だ。「いや、おかしいだろ……」 目が覚めていつも思う。 ここで何をしているのだろうか?
「モリガン大佐に頼まれていたのは、ただの香辛料で……」「それが、悪用されたようだ」「あ、くよ……う?」「適量を守ればただの香辛料も、摂取量を間違えれば毒になる。彼らが死ぬ前に飲んだ酒には大量の香辛料が混入されていた」「ま、さか……大佐が……? 嘘だ……」「まだ、真相は分からん。だが、こんな分かりやすい方法で六人も害したとなれば、お前は犯人に仕立てられたんだろうよ」